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二次ヲタ三次ヲタをふんわりとこじらせたブログ

思ったことを適当に吐き出すよお

三次元アイドルの話

お題「ジャニヲタになったきっかけ」

 

 

タイトルがもうすでにひどい。このお題をずっと徘徊しているけど皆さん高尚な文章をお書きになられているので、こんな稚拙な文章公開するのがとても恥ずかしくなってしまった。猥褻物陳列罪的なものに問われるかもしれない。

 

(※二次っぽい用語や話がある、下ネタもある、後半お題からすごい勢いで逸れていく、話しが長い、とりとめもない、統一性のない語尾、何度推敲してもだめだ~~ごめんなさい〜〜)

 

 

序 ~ぬるヲタ時代~ 

 

 

始まりは中1だったと思う。これといったターニングポイントは思い浮かばないけれど、このころわたしの周りはとりあえず嵐が好きだった。

わたしがジャニーズに染まり始めたのは周りの雰囲気に流されてだった。

 

 

2008年ぐらいかなあ、周りに影響されてとりあえず嵐にハマった。一応の担当は相葉雅紀さん。

記憶に残っている当時していたジャニヲタっぽい活動は、Believeが発売された頃、わたしの家に友達3人を集めて、PVを見ながらダンスを見よう見まねで踊ったりした事。完コピが目的だった。今考えると恥ずかしい。家だと踊るには手狭だとわかったので近所のコミュニティーセンターの一室を借りられるように申請したりした。申請に必要だったので付けたチーム名も嵐LOVEなんとかだった気がする。普通に恥ずかしい。登録を抹消したい。

 

 

まあなんていったってお金が全然なかった。中学1年生の自由にできる財は少ない。CDを一枚買えばその月は何も買えない。お昼の食費として親からもらう350~500円のうち数十円を貯めてジャニ誌を買って大切に読んでた。それですらもちょっとした贅沢だった。友人間で貸し借りする為、どのジャニ誌を買うかはなんとなく分担があってわたしはWinkUpだった。懐かしい。

 

 

そんな今考えれば究極の金欠状態でコンサートにも行けないのに、なぜ嵐好きでいられたのか、それは彼らの持っていた番組のお陰だった。その頃嵐の宿題くんがちょうど全盛期で、わたしは毎週月曜深夜に楽しくリアタイしていた。

 

宿題くんで思い出したけど、クジラ(だっけ?イルカ?)のおろんろん食べる回なかった?茶色っぽくてでっかいやつ。(はてなって隠語とか大丈夫?消される?)見てた人はアーッ!!(♂)ってなってくれると思う。

宿題くん終わったときは悲しかったな。あとひみつのアラシちゃんもあったなあ〜〜。同じお題でダブルパーカーに言及してる方がいらっしゃいましたが、わたしもとてもよく覚えてる。あれは面白かった。ディズニーに行くコーデで歩いても疲れないダサめのサンダル履いてた松潤かわいかったよね。うけ悪かったけど。

 

 

話がそれたけど、要するに金欠中学生でも公式から一定の供給を受けられた。

 

これに加え黒歴史の権化ともいえる夢小説も(わたしの中で)全盛期だった。ガラケーで夢小説を読みまくっていた。ブックマーク全部夢サイトだった。何なら書いてた。交換日記にBelieve踊ってたみんなで夢小説書いてた。死にたい。率先してヤッターマンの世界の夢の話とか書いてた。死にたい。

(その交換夢小説や振りコピをしていたわたし以外のメンツは、もうとっくの昔にジャニヲタを卒業してチャラウェイになってる。誰が日記持ってるんだろう。処分か封印していてくれないと出てきたとき死んでしまう。)

 

 

まとめるとこの頃は、公式からの一定の供給と夢小説により、金欠でも"嵐好き"くらいだったら全然生きていけた。

 

 

中学2年生になると、ぼちぼちコンサートDVDや値段の高いアルバムを手にする同級生がちらほら出始めた。FCに入り始める子もいた。崇め奉られてた。入れない組は同行枠を争ってた。しかしこの時もわたしは公式からの供給を美味しく頂くだけだった。以前より使えるお金は増えたものの、そこまでヲタク的散財はしていなかった。

 

 

 

破 ~ガチヲタへ~ 

 

しかしその年の暮れ、正確な日付は思い出せないけれど、確か2009年12月のクリスマス前あたりのザ少年倶楽部プレミアム。事はここで起こる

この回では嵐からのコメントという公式からの供給があったため、わたしはこれを録画していた。しかしここでの事件は嵐に関するものではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

番組の再放送コーナーで、関ジャニ∞がブリュレを踊っている映像が流れたのである。

 

 

 

 

 

 

 

紫のライトの中で、暗い色のスーツを着てガシガシ踊っている彼らは刺激的だった。わたしの知ってる嵐が持つ爽やかさとはかけ離れた、生々しさがある、(語彙力ないからこんなことしか言えないけど)なんというかえっちな7人だった。

 

 

 

その後 めちゃくちゃリピート再生した。

 

 

 

まずね、声がエロかった。右手にマイク持って歌ってる黒髪ロング(あの頃のビズ本当に最高だよね、一回ほとんど坊主になったときは衝撃でひっくり返った)の渋谷すばるさんはもう何から何まで性的だった。途中でマイクを持ち変えるときにちょっと投げるの、今思い出しても本当エロい……。

んで衣装の手袋みたいなグローブみたいなやつ、あれ装着させた人だれー??あの衣装選んだ人だれよーー??本当GJだよ〜〜??ありがたいよ〜〜。ノーベル神衣装賞あげたいよ~~。

 

それに歌詞もやばかった、えっちだった。なんかすごくエロかった。

 

(人に言ったことないけど、振り付けもえろかったよね。特にブリュレの最後の振り、わたしは完全にアレだと思ってるから、アレのときのフィニッシュの体勢だと勝手に思ってるから。好き……。

あ、もちろん当時ブリュレもダンスコピーを試みたよ。できなかったよ。でも最後のフリだけは完璧にできるよ!でも今ブリュレはバンドナンバーになっているのでちょっと残念だね!)

 

 

 

んで、次の休みにはそのときの最新アルバムだったpuzzle買ってた。行ったCD屋に初回限定盤残ってたから、あの白いダンボールのやつ。懐かしい。綺麗に開封するの難しかったよね。

 

 

そこからはエイターとしてヲタクまっしぐらだった。今度は安田章大さん担当として。関パニとか面白かったし(リアタイしようとして親に怒られたし)DVD買ったし、深夜帯だった仕分けとか毎週レコメンとか聞いてた、大阪太郎の浪速やでとか作ってたね!懐かしいね!アマトリチャーナだね!

冒険MAPみたいなやつとか(コンビニとコラボしてた弁当そんなにおいしくなかったよね)、BSフジでやってたジャニ勉とか見てた。すばらじが始まったときは嬉しかったなあ。ハガキ職人業務ももちろんしてた。(えろかったよね、すばちゃんの声。)コンサートDVDも惜しみなく買ったし、過去のコンサートDVDも集めた。CDも初回限定は買ってたし気合いいれて通常盤と2枚買いの時もあった。ライブも東京公演はできる限り行ってた。すごはちも行ったな~。ガキだったけど一番お金使ってた時期だった。楽しかったなあ~~。

 

 

 

 

 

 

長々と自分語りしてきましたが、簡潔に言うとわたしがジャニヲタ、エイターになったきっかけはザ少年倶楽部プレミアムのブリュレがとても魅力的だったから、でした。

 

 

 

 

 

 

お題を提供してくださったあややさま、この度は大変楽しませていただきました。ありがとうございました。(Twitterフォローさせていただいてます♡)

 

 

 

 

 

 

 

Q ~考察と今再びのヲタク~

 

 

ちょっとごめんね、もう少しだけ関ジャニ∞のブリュレ映像になんでめちゃくちゃ惹かれたのかって話させて。えろいとかえっちとか言ってたけどもうちょっとちゃんと考察するから、長いけど、もうお題から大分離れてるけどね、押し進んじゃうね。ごめんね。

 

惹かれた理由ね、簡単に言うと嵐とのギャップ、雰囲気のギャップね。

 

わたしがブリュレと出会った2009年末あたり、嵐は10周年で割と落ち着いていた。方向性や雰囲気もだいぶ固まっていたしメンバーはそれぞれ個人でも仕事ができていた。グループとしての人気や売り上げもあって順風満帆だった。10周年コンサートは国立競技場と各大都市のドームで行われていた。アイドルとして完成されていた。2008年の時点でも既に国立競技場を埋める大勢のファンをヒィヒィ言わせていたし、アジアツアーなんかもやっていたし、松潤は咥えた中指を勢いよく口から出すギガンティックエロエロイミワカラナスギパフォーマンスしてた。

 

でもその頃の関ジャニ∞はまだデビュー5年目とかだった。デビュー5年目といえば今現在のSexyZoneとかKis-My-Ft2とかだよね?。そして今の関ジャニ∞がやっと12年目、10周年というとテゴマスとか……?

 

 

挙げたグループの雰囲気からなんとなく伝わると嬉しいのだけれど、売れようという必死さというか、がむしゃら感とか俺達まだまだこんなもんじゃないぜ!感がまだ5年目だった関ジャニ∞にはむんむんしてた。野心的だった、海賊王になるくらいの気迫だった、嵐の冠番組に出るたび勝ったらこの番組を関ジャニ∞のものにする!っていつも横山さんは言ってた。戦いなんだなって思った。

 

そういった気持ちというかグループの思いみたいなのがブリュレからも色濃く読み取れた。初見で予備知識の無いわたしにも、伝わってくる思いや気迫があった。

前に書いたデビュー年数などはファンになってから得た情報ではあるんだけれど、ファンになり始めに彼らのことを調べていた時年表から思い当たるものがあって、ダンスから激しい生気を感じたのは発展途中だったからか……って深く納得した記憶がある。まだ新しい可能性を秘めている、何にでもなれる、そんな感じが彼らから溢れていた。そこにわたしはエロさを見出していたのだ!!

 

 

(ここ伝わりにくいと思うから雑な例ぶち込むけど、まだ何も知らないけど好奇心や夢いっぱいのショタにいろいろ経験させたらいけないことでもめちゃめちゃ吸収してとんでもない青年になりそうでとても良い、みたいな。)

 

 

そこに気づいたらね、もうね、ドボンだよね。ほとんど本能的にこの人達を応援するしかない!!!と思ったよね。ダンス見ただけなのに。すごいね、関ジャニ∞って、ジャニーズってすごいね。彼らがどうなるか見届けたい!!!って思わざるを得なかったよね。

 

 

 

さっきエイター時代の懐かしい話チラッとしたけれど、安田担だった時間は、まさしくわたしの全青春。その当時のエイトのことについてならずっと喋れる気がする。高校2年生の終わりまでけっこうなヲタクしてた。

 

 

けれどね……受験でね……関ジャニ∞をずっと封印(全てのエイト関連のものを見えないところに仕舞う儀)してたら自然とヲタ卒しちゃったよね……。すごい長々と魅力とか考察とかアホみたいに必死に語ってるのに実はとっくにヲタ卒してるっていうね……。ごめんなさい……。このお題書きたかったの……。言い訳するとね……、一年のブランクって詮索検索認知したい欲に支配されてる系のヲタクには大きすぎたんだよね……。わたしの知らない関ジャニ∞がいることに耐えられなかったんだよね……。遡れなかったんだよね……。人気になってきてたから露出も曲も増えてたし……。行けなかったというか存在自体知らなかったライブのこと考えると悔しいしさ……。わたしの知らない関ジャニ∞になってたんだよね……。

 

 

 

 

 

ということで現在は紆余曲折を経まして二次元にはまっております。こころぴょんぴょんです。

 

 

 

 

 

 

 

が、しかしこの間のジャニーズカウントダウンでSexyZoneの松島聡君に出会い、この子めちゃくちゃ養ってあげたい!!!そうしたい!!!欲が湧いてきてセクゾFC入りました。先輩のセクガル様方、よろしくお願いします。

(あとエイトのFCも入り直しました)


先ほども述べましたが、SexyZoneも例のごとく5年目でございますね。わたしは5年目の魅力に弱いのかもしれないです。

 

 

 

 

 

 

乱文失礼しました、ご拝読誠にありがとうございました。


ジャニーズと共にあらんことを。